【AI時代の消費者行動】3万5000回の決断: 認知コストとコンバージョン率を左右する新基準
「広告で集客はできているのに、肝心のCVR(成約率)が伸びない」「ECサイトやメディアで、比較検討の途中にユーザーが離脱してしまう」。 ―――サイト運営者やシステム構築を担うSIerが直面するこの悩みは、もはや機能の多寡ではなく、ユーザーの「脳のエネルギー限界」に起因しています。
AIが生活に浸透した現在、消費者は「探す手間」を極端に嫌うようになっています。
本記事では、認知コストの正体と、情報過多に疲弊したユーザーの回避行動を解説し、ユーザーを迷わず購入へ導くUXの新基準をご紹介します。

【INDEX】
- 背景:豊富な選択肢が「喜び」から「ストレス」へ
- 認知コストとは? コンバージョンを左右する脳のエネルギー消費
- 情報過負荷による購買回避を防ぐ
- 購買行動のショートカット化:AIによる意思決定代行・要約・レコメンド
- まとめ
- 出典・注釈
背景:豊富な選択肢が「喜び」から「ストレス」へ
1990年代のインターネット黎明期、消費者は「何でも手に入る」自由を享受していました。
しかし現在、商品数と情報量は膨大化し、消費者の価値観は劇的に変化しています。
現代の消費者は、物価高やインフレの影響で消費に対して非常に慎重であり、支出の「優先順位」を厳格に定めている傾向があります。
デロイトトーマツの調査では、「今後、消費額を増やしたいもの」について、2025年は4割以上が「増やしたいものはない」と回答しています。世代によっては、「自分へのご褒美」やギフトへの消費を抑え目の前の生活費や支出を優先せざるを得ない状況が見て取れます [1]。
こうした中、ECサイトでも無限のスクロールから「正解」を見つけ出す作業は、かつてのような「選ぶ楽しみ」ではなく、心理的な負担へと変わりました。
多すぎる選択肢は判断を困難にし、行動を停止させる「選択のパラドックス」を引き起こします[2]。最悪のケースは、節約志向のユーザーが選択に心理的負担を感じることで、せっかくサイトを訪問しても「買うのをやめる」という選択をしてしまうことです。
認知コストとは? コンバージョンを左右する脳のエネルギー消費
せっかくサイトを訪問したユーザーが、なぜなにも買わずに離脱してしまうのでしょうか?
もちろん物価上昇といった社会情勢も影響していますが、ここでは訪問ユーザーが離脱してしまう心理について、「認知コスト」という観点から掘り下げたいと思います。
認知コストとは?
認知コストとは、脳が情報を理解し判断を下すまでに使う「エネルギー量」のことです。
人間の脳のエネルギーには限りがあり、一日に行う選択・判断は3万5000回程度と言われています。そのため、情報が複雑だったり、操作が分かりにくかったりすると、脳はストレスを感じて思考を停止してしまいます。
ビジネスにおいて顧客の認知コストを下げることは、離脱を防ぎ、購買率(CVR)を高めるための最優先事項です。「パッと見てわかる」「迷わず動ける」設計を意識することが、成果への近道となります。
認知コストが高いUXだとどうなるか
反対に、認知コストの負荷が高いUXの具体例としては、 読みづらい長文、テキストだけの長いメール、使いにくい予約フォーム、選択肢が多すぎる、配送条件など購入のための重要な情報がわかりにくいなどがあります。
こうしたサイトはユーザーを無意識に疲弊させ、「今はやめておこう」という離脱を招きます。
とくに、自分の好みやニーズにマッチしない商品ばかり目立つサイトや、選択肢ばかり多くて比較検討しにくいサイトは、購入までの心理的負荷が高くなりがちです。
本当に欲しい・必要なもの以外は購入したくないという昨今の消費者傾向に対して、適切な購入支援ができているかどうかは、離脱率や購買率を直接的に左右する問題といえます。
3. 情報過負荷による購買回避を防ぐ
認知コストの負荷はどのようにユーザー購買意欲を削ぐのでしょうか。
単純なことのように思われますが、このメカニズムを詳しく理解することは、逆にどのような購買支援が購入を後押しすることにつながるかを考える上で重要です。
認知コストの過負荷と決定回避のメカニズム
認知心理学者ダニエル・カーネマンは、合理的な思考は多大なエネルギーを消耗するため、複雑な情報が過多になると脳はエネルギー消費を抑えるために合理的な比較を放棄することを明らかにしました [3]。
情報の処理が難しいと、人はその情報を「誤りである」と感じたり、判断自体を回避してしまうのです。
こうした合理的な比較の放棄は、脳の限られた判断リソースを疲弊・消耗させないための防衛本能的な役割を果たしています。
購買行動への影響
心理学が明らかにするこうしたメカニズムが購買行動にも当てはまるという事実は、バリー・シュワルツ『購買選択の心理学』により広く知られるようになりました。
認知コストを過度に要求する選択肢や情報量の多さは、結果として消費者の判断や購入の放棄につながります [4]。
このことは、シーナ・アイエンガー教授による有名な実験、いわゆる “Jam Experiment” (ジャムの実験)によって実際に数値によって明らかになっています。
すなわち、6種類のジャムを試食したグループと24種類のジャムを試食したグループで、試食後の購入率を比較した結果、前者の購買率は30%だったのに対し、後者は3%にとどまりました。
こうした事実を受け、現在では、顧客の維持や購買行動においては、ロイヤリティやエンゲージメント以上に「意思決定の簡素化」が重要であると考えられています [5]。
購買を延期する障壁の具体例
コンバージョンに至る判断をユーザーが延期する要素としては次のようなものがあります。
レビューや選択肢が多すぎる
この場合ユーザーは「購入自体をやめる」という選択をします。消費者が最も信頼し繰り返し購入するのは「最も簡単に比較でき、迷わず選べるブランド」であるというのは、現在では広く知られたビジネスセオリーです [6]。
情報の信頼性が明らかではない
フェイクレビューや根拠が不明なおすすめ、生成AIのハルシネーション(事実と異なる情報の生成)に対しては、ユーザーは真偽や根拠を確認しなければなりません。
返品・返金ポリシーが不明確
購入後に「思っていたのと違った」場合にどうなるかという不安に対する回答が不十分な場合、心理的な障壁(リスク)が高まり、「もっと慎重に調べよう」と判断が先延ばしになります。このような、利益よりも損失を大きく感じ、不確実な状況下では合理的な判断ができないという心理は「プロスペクト理論」として広く知られています。
比較の「外部化」による中断
サイト内だけで比較が完結せず、価格比較サイトやSNSでの評判を改めて確認しに行く必要がある場合、一度サイトを離れると、別の広告や他社の情報に接触する機会が増えます。結果として、情報過多とサイトの離脱という二重の障壁が意思決定を妨げます。
このように、サイト上の情報量の多さだけでなく、購入検討時に必要な情報が載っていなかったり少なすぎる、あるいはその真偽に不安がある場合も、結果とし判断の負荷を高めてコンバージョンを延期/中断させることになります。
事業者は、ユーザーの脳をいかに「省エネ」にさせるかという視点でUXを再構築する必要があります。
購買行動のショートカット化:AIが実現する購買支援
認知コストの節約を重視する消費者は、従来の検索エンジンからより効率的なショートカット型行動へと進化しています。
この新しいショートカット型行動について、すでに広く普及しているものや今後普及が見込まれる購買支援を3つご紹介します。
AIによる意思決定の代行
キャップジェミニによる2025年の世界12カ国(日本を含む)の消費者を対象とした調査では、約6割の消費者が商品やサービスの推奨を受ける際に、従来の検索エンジンを生成AIツール(ChatGPT、Google GeminiなどのAIアシスタント)に置き換えた、あるいは好んで利用していると回答しました [7]。
この数字は、前年の調査(2023年時点)の25%から急増しており、わずか1〜2年でAIによる商品発見が主流になりつつあることを示しています。
これは、ユーザーが「自分で比較検討する認知コスト」を避け、AIに意思決定のサポートを委ね始めている実態を浮き彫りにしています [8]。
AIによる要約
AIによる要約もまた、ユーザーの認知コストを劇的に下げるショートカットとして重要です。
AIによる要約はGoogle検索の際の「AI Overview」はもちろん、ECサイト上のカスタマーレビューの要約などでも見ることができます。
従来、ユーザーは数十件のレビューを読み込み、頭の中で「良い点」「悪い点」「自分に合うか」を整理(統合)する必要がありました。AI要約はこの「脳内での編集作業」を代行し、瞬時に結論を提示してくれます。
また、消費者は失敗を避けるために「欠点」を探すことに多大なエネルギーを使います。AIが「一部のユーザーは重さに不満を持っている」と要約に含めることで、ユーザーは延々とレビューをスクロールして欠点を探し回る必要がなくなります。
AIレコメンド
AIレコメンドは最適なものに絞り込んで選択肢を提示するため、認知コストを下げる役割を担っています。
Gartnerが提唱したBtoB向け営業のための有名なコンセプトに「センスメイキング」というものがあります。これは、商品の情報を過度に提供するアプローチは、かえって顧客の混乱を招くものであり、より重要なのは顧客が確信を持って判断できるよう導く「センスメイキング(意味付け)」であるというものです[9]。
センスメイキングの重要性は実はレコメンドについても当てはまります。
おすすめ内容の妥当性が実感できることや「なぜ」それが提案されるのかについて根拠を与えることが、ユーザーの判断をよりスムーズにします。
こうした「センスメイキングな」レコメンドの例としては次のようなものがあります。
協調フィルタリングの言語化
古典的ですが強力な手法です。「あなたと好みが似ている他のユーザーもチェックしています」という、レコメンドの根拠を提示することで、提案を見てみようというユーザーの心理状況を準備します。
適切なパーソナライゼーション
あえて言語化しなくても、一目で自分向けにパーソナライズされていると感じられる精度の高いレコメンドはスムーズにユーザーを選択・判断のフェーズへ導くことができます。
LLM(大規模言語モデル)による言語化
ユーザーの過去の行動履歴と商品の特徴を自然な文章で結びつけます。「あなたは以前〇〇を購入したため、この商品の××という機能も気に入るはずです」といった、パーソナライズされた具体的な根拠を生成します。
特徴量への寄与度可視化(SHAP / LIMEなど)
どの要素(価格、色、レビューの評価、ブランド名など)がレコメンドの決め手になったのかを計算し、「価格重視のあなたに最適」といったタグを表示します。
こうした配慮はアルゴリズムへの不信感を払拭します。また、AIエージェントと連携することで、ユーザーが自分で情報を精査する手間を省き、購入までの「認知的な近道」を提供することに直結します。
まとめ
2026年以降の消費者は、単に安いものではなく、「自分の意思決定を最もスムーズに助けてくれる存在(認知コストを消耗しない体験)」を求めています。
顧客の認知コストを最小化し、ストレスのない購買体験をAI技術(パーソナライゼーション、要約、自動化)によって提供できるか。このような消費者の認知コストへの配慮こそが、デジタルマーケティングにおいて真のブランド・ロイヤルティを築く鍵となるでしょう。
出典・注釈
- デロイトトーマツ: 2025年度「国内消費者意識・購買行動調査」
https://www.deloitte.com/jp/ja/Industries/consumer/research/consumer-behavior-survey.html - シルバーエッグ・テクノロジー:マーケティングにおける「ジャムの法則」とは? – 消費者を決断疲れから救おう
https://www.silveregg.co.jp/archives/blog/2024-08-Jam-Experiment-and-Marketing - ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』(Daniel Kahneman, Thinking, Fast & Slow, 2011)
- バリー・シュワルツ『購買選択の心理学』(Barry Schwartz, The Paradox of Choice: Why More is Less?, 2004)
- Harvard Business Review: To Keep Your Customers, Keep It Simple
https://hbr.org/2012/05/to-keep-your-customers-keep-it-simple - Ibid.
- Capgemini Research Institute: What Matters to Today’s Consumer 2025
https://www.capgemini.com/insights/research-library/what-matters-to-todays-consumer-2025/ - シルバーエッグ・テクノロジー:2026年のデジタルマーケティングを予測:テクノロジーと消費者行動の変化から考えるキーワードと戦略
https://www.silveregg.co.jp/archives/blog/2026-Business-Trends-of-GenAI - Gartner: The Sense Making Seller
https://www.gartner.com/en/sales/trends/sense-making-seller

