2026年のデジタルマーケティングを予測:テクノロジーと消費者行動の変化から考えるキーワードと戦略

テクノロジーの変化とともに、従来のデジタルマーケティングは今大きく揺らいでいます。この記事では、海外のシンクタンクやオピニオンリーダーによるビジネスインテリジェンスを参考に、テクノロジー・消費者行動の変化・マーケティング戦略の3つの観点から、注目のキーワードを解説します。
【2026年注目のキーワード】
テクノロジー
プライバシーへの規制と生成AIの進化を背景に、過去のデータだけでなく現在の瞬間的な顧客の意図や状況を分析しインサイトを与えるテクノロジーに注目が集まっています。
ここでは、クッキーレス時代、マルチモーダルAI、リアルタイム・データ・ストリーミングの3つのテクノロジーに関するキーワードについて解説します。
1. クッキーレス時代
プライバシー規制の強化とクッキーレス時代への移行が進む中、単純な行動履歴に依存したマーケティング手法の有効性には陰りが見え始めています。
2025年時点で、主要なブラウザにおいてはサードパーティクッキーの利用が段階的な廃止(または制限強化)が進められている状況です。
こうした環境の変化を背景に、ゼロパーティデータ(ZPD)の重要性が増しています。ZPDは、パーソナル診断、プログレッシブ・プロファイリング[1]、アンケートなどの多様な形式を通じて取得が可能です。
ZPDの取得と活用でよく知られた例として、2024年の記事では、化粧品販売のSephora(セフォラ)社が、ビューティプロファイルなどのゼロパーティデータとファーストパーティの行動情報を組み合わせてパーソナライゼーションを実現した事例を紹介しました[2]。
2025年現在、今後ECサイトにおけるZPDの蓄積および分析においては、対話型AI(Conversational AI)が重要な役割を担うと予測されています。このような事例として、ヨーロッパを中心に展開するランジェリー販売「Hunkemöller」の成功は大きな反響を呼びました[3]。フォレスター・リサーチも、ゼロパーティデータを蓄積し、実用的なインサイトへ変換するためには、会話型コマース(Conversational Commerce)が極めて重要であると繰り返し主張しています。さらに、2025年に実施されたフォレスター・リサーチとSmartly.ioの共同調査では、マーケターの73%が会話型コマースへの投資を増加させる意向を示しています[4]。
このようにクッキーレス時代はAI時代への移行とともにマーケティングのデータ活用の構造を大きく変化させ、今後もこの傾向が加速することが予測されます。
2. マルチモーダルAI
マルチモーダルAIは、テキスト、画像、音声といった複数の異なる種類のデータ(モダリティ)を同時に処理し、統合的に理解・生成できるAIシステムで、マッキンゼーをはじめとするビジネスインテリジェンスで積極的に取り扱われているテクノロジートレンドの一つです[5]。
マルチモーダルAIは、テキストと画像や音声といった異なるデータ間の意味的な整合性(セマンティックな関係)を分析することで、言葉の背後にある意図(感情、目的、文脈)を正確に推測します。このクロスメディアなユーザーの意図把握は、生成AIや大規模言語モデル(LLM)の進化とともにその重要性が高まっており、単一データでは成し得なかったタスクの精度を向上させる技術として、あらゆる分野で注目されています。
ビジネスでの応用は、ECサイト、カスタマーサポート、顧客分析、クリエイティブ生成、パーソナライゼーションなど、オンラインビジネスのあらゆるプロセスで可能です。
例えば、ECサイトでは、商品画像のクリック行動と商品のテキスト情報を総合的に分析することで、「どんな商品をどんな目的で探しているのか」という顧客の潜在的な意図をより深く捉えることができます。また、カスタマーサポートでは、顧客の声のトーン(音声データ)から言外の感情を分析し、テキスト情報と合わせて状況を総合的に理解することで、より共感的で適切な対応を可能にします。
3. リアルタイム・データ・ストリーミング
リアルタイム・データ・ストリーミングとは、データが生成されたその瞬間に、継続的かつ途切れることなく転送・処理する基盤技術です。これにより、ビジネスは瞬時のインサイトを得て、即座にアクションを起こすことが可能になります。
従来のバッチ処理がデータを「貯めてから」分析するのに対し、ストリーミングはデータを「流しながら」分析するため、インサイトを得るまでの時間をミリ秒単位にまで短縮可能です。
リアルタイムデータストリーミングの代表的な活用例には、リアルタイムレコメンドがあります。これはユーザーのクリックや検索行動を分析し即座に最適な商品やコンテンツを提示し、いまやECサイトの顧客体験の向上に不可欠な技術です。また、金融機関における不正取引の即時検知や、会話型AIの応答精度向上など、その応用範囲は広範です。
ガートナーのレポートによると、2027年までに企業の70%がリアルタイム分析パイプラインを運用すると予測されています。
このトレンドが重要であり続ける最大の理由は、デジタル化が進むにつれ、顧客の期待値が高まり、「数秒の遅れ」が離脱や機会損失に直結するからです。リアルタイム・データ・ストリーミングは、企業が顧客の瞬時の要求に応え、市場のダイナミクスに即座に適応するための重要な道筋であり、今後もデジタルビジネスにおける役割を拡大していくでしょう。
消費者行動の変化
生成AIやAIエージェントの普及は、消費者の行動の受動性と能動性という二極的な側面を先鋭化しています。
ここでは、「認知コスト」および「AIによる共同意思決定」という二つのキーワードから、この二つの消費者行動の変化を捉え、企業に求められる戦略的方向を考えます。
4. 認知コスト
認知コスト(Cognitive Load)とは、もともと教育心理学で用いられていた言葉であり、人が情報を処理し、意思決定を下す際に脳が費やす精神的な労力や時間的資源の量を指します。
現代のデジタル環境では、消費者は常に「選択の麻痺」に直面しており、この認知的な負担をいかに取り除くかが、デジタルマーケティングにおける重要課題となっています。
生成AIやAIエージェントの劇的な進化に伴い、認知コストを意識した設計思想は、UI/UX、広告配信、カスタマーサポートなど、顧客接点全般にわたる戦略的な変革を促しています。
GoogleのAI Overviewによるゼロクリック検索や、LLMによる複雑な商品レビューの即時サマリーなどは、認知コストを軽減する身近な事例といえます。
近年この傾向は、究極的には消費者にとって不要な情報、すなわちノイズを徹底的に排除する「認知コストゼロ状態(Zero Cognitive Load)」へと向かっていきます。
複数の大手メディアは、AIが提示した最適解をただ受け入れるだけの受動的な消費者行動が加速していることを指摘しています。
この大きなトレンドは、企業経営者に対しても大きな変化を余儀なくします。
企業が今後競争力を維持するためには、AIを通じて顧客の意図と状況を深く理解し、この認知コストゼロ状態での「受動的な購買」という新しい消費行動をいかに巧妙かつ倫理的に戦略としてデザインできるかが、鍵になると言えるでしょう。
5. AIによる共同意思決定
AIによる共同意思決定(AI-Assisted Co-Decision)とは、AIが人間の意思決定を拡張・支援する行動を表し、消費者行動や心理学の分野において近年注目されている概念です。
会話型AIやAIエージェントは、消費者が能動的な意思決定を高速かつ正確に行うことを可能にしました。AIによる共同意思決定はとくにこれらのツール活用で顕著に見られる消費者行動で、意思決定の主導権をあくまで消費者が持つこと、AIは消費者の自律的で最善の選択を支援する協力者であることが特徴といえます。
このような消費行動は、高額商品の購入や複雑な契約といった、検討事項が多く失敗を最小限にとどめる必要のある場面で顕著に見られます。
会話型AIやマルチモーダルAIとの対話において、AIの回答や提案に納得できない場合、消費者はさらに綿密な深堀り、異なる文脈での再提案、または情報ソースの提示といった要求を重ねます。
ここでは、消費者が選択肢の調査・分析といった精神的負担をAIに委ねつつも、自律性を保ち決定を下すという新しいバランスを見ることができます。
このような消費者行動に対し企業は、透明性が高く正確な情報提供と、消費者個人の意図・状況への高度な理解が求められます。
マーケティング戦略
急速なテクノロジーの進化と消費者行動の変化に対して、マーケティング戦略はどのように変化する必要があるでしょうか。
6. ハイパーパーソナライゼーション
ハイパーパーソナライゼーションとは、従来のパーソナライゼーションを次のレベルに引き上げる戦略です。
それは、セグメントやグループといった大まかな単位ではなく、「顧客一人ひとりのリアルタイムのニーズ、意図、状況(コンテキスト)」に合わせて、情報や体験を極限までカスタマイズすることを意味します。
ハイパーパーソナライゼーションの重要性が高まっている背景には、テクノロジーによって実現可能になったこと、そして消費者の要求が極度に細分化され文脈的になったことがあります。
技術的な観点から見ると、生成AIやリアルタイム・データ・ストリーミングの進化により、従来は到底達成できなかった高度にカスタマイズされたコピーやクリエイティブコンテンツの作成、瞬間的でインタラクティブなレスポンスが実現可能になりました。
また、クッキーレスを背景に過去の行動情報の活用に制約が設けられるようになりました。同時に、消費者側も、もはや単に一人ひとりに合わせるだけでなく、その人の背景的な状況やその時の瞬間的な意図まで満たすことを要求するようになっています[6]。
こうした時代的な要請と消費者の要求に応えるためには、企業は「高度なリアルタイム性」と「顧客の意図や状況へのレスポンス」を備えたハイパーパーソナライゼーションを提供する必要があります。
特に小売業界では、何を売っているかという商品そのものよりも、顧客の状況や気分に合わせて、適切な細分化されたプロモーションができているかが、他社との差別化の重要な要素となります[7]。
7. コンテキストマーケティング
コンテキストマーケティングとは、ユーザーが「いつ、どこで、何を、なぜ」しているかという現在の状況(コンテキスト)を深く理解することに焦点を当てた、広範なマーケティング戦略です。この戦略の目標は、その瞬間に最も関連性の高い情報や体験を提供することで、エンゲージメントとコンバージョンを最大化することにあります。
このアプローチが注目される背景には、クッキー利用の規制強化や消費者行動の変化があります。特に消費者は、気分、意図、目的といった状況に即した、より質の高い顧客体験を求めるようになっています。
コンテクストマーケティングの実現に不可欠なのは「コンテクスチュアルデータ」です。コンテクスチュアルデータそれ自体は決して新しい概念ではありません。多くの企業は、どのブラウザやデバイスから閲覧されているか、購入頻度、POSデータ、店舗での来店履歴、お問い合わせ履歴など、顧客の行動の文脈を構成する貴重なコンテクスチュアルデータをすでに保有しています。
しかし、コンテクストマーケティングの真の価値は、これらのデータを統合・分析し、インサイトを得て消費者理解や購買予測へとつなげる点にあります。誰かが特定の購入をしたという「事実を知っていること」と、「なぜ」その購入をしたのかを理解することの間には、顧客戦略上、決定的な差が生じます。残念ながら、現状、多くの企業はこの非常に価値のあるデータを十分に活用できていません。
コンテクスチュアルデータからマーケティングのためのインサイトを得たり、顧客体験の向上をするには、「文脈的知能(コンテクスチュアル・インテリジェンス)」と呼ばれる高度な知能が必要です。
文脈的知能とは、顧客の行動データ(「いつ、何を」購入したか)を超えて、「なぜ」その行動をとったのか、そして「今、どのような状況(文脈)にあるのか」を深く理解する能力を指し[8]、これを実現するためには高度なAI技術が不可欠です。
例えば、ユーザーがWebサイトで製品Aのページを20秒間閲覧したという単純なデータから、その人の文脈的意図(プレゼントを探しているのか、競合製品と比較しているのか、誤ってページを開いたのか)を瞬時に判断しなければなりません。これには、高度な機械学習モデルと、大量のデータをリアルタイムで処理するデータストリーミング能力が求められます。
このような高度なAI分析能力こそが、従来的なマーケティングから脱却し、新しいコンテクストマーケティングを実現する鍵となるのです。
まとめ:コンテクスチュアルデータの活用が鍵
デジタルマーケティングは今、プライバシー規制の強化と生成AIの劇的な進化という、不可逆的な2つの大きな変化に直面しています。
この変革期において、消費者の行動も2つの相対する側面が先鋭化しています。
生成AIやショート動画の普及により消費者は認知コストを下げた直感的・受動的な選択を示す一方で、会話型AIやAIエージェントを活用し論理的でより能動的な意思決定を拡張する二つの行動様式がそれぞれ顕著になりました。
このようなテクノロジーの変化と消費者行動の先鋭化に対して、デジタルマーケティングは、直感に訴える場面と、複雑な意思決定に応えなければならならない場面をリアルタイムで判断し即座対応していくことが求められます。
こうした課題を解決する戦略として、この記事ではリアルタイムの文脈理解(コンテクスチュアル・インテリジェンス)とハイパーパーソナライゼーションを紹介しました。
しかし、こうした戦略を実現するためのコンテクスチュアルデータの活用には、プライバシーに配慮したデータ間のシームレスなアクセスやAIによる高度な文脈解釈を可能にする技術が必要です。
2026年、オンラインビジネスにおける競争優位性を確立するための鍵は、保有しているコンテクスチュアルデータをいかに活用できるかにあると言えるでしょう。

【リファレンス】
[1] 会員登録時や購入時のフォーム入力で、顧客が自発的に年齢、職業、興味関心を追加・更新すること
[2] 関連記事:「海外事例から学ぶ、2025年4つのマーケティングトレンド」より「2. ゼロパーティデータ活用」
https://www.silveregg.co.jp/archives/blog/2024-11-Marketing-Trends-2025
[3] Smartly: From Clicks to Conversations: Why AI-Powered Commerce Is the Future of Online Shopping
https://www.smartly.io/resources/why-ai-powered-commerce-is-the-future-of-online-shopping
[4] businesswire.com: Smartly Research Reveals Conversational Commerce as Advertising’s Next Frontier
https://www.businesswire.com/news/home/20250227514423/en/Smartly-Research-Reveals-Conversational-Commerce-as-Advertisings-Next-Frontier
[5] McKinsey&Co: What is multimodal AI?
“Today, enterprises that have deployed gen AI primarily use text-based large language models (LLMs). But a shift toward multimodal AI is underway, with the potential for a larger range of applications and more complex use cases.”,
https://www.mckinsey.com/featured-insights/mckinsey-explainers/what-is-multimodal-ai
Google Cloud: AI Business Trends 2025
“Multimodal AI: Unleash the power of context”
https://cloud.google.com/resources/ai-trends-report
[6] Forbes: Increasing Digital Sales Revenue Through Personalization And GenAI
“Digital commerce is entering a new era where customers demand not just personalized interactions, but real-time, meaningful and context-aware experiences.”
https://www.forbes.com/councils/forbestechcouncil/2025/10/06/increasing-digital-sales-revenue-through-personalization-and-genai/
[7] McKinseyMcKinsey&Co: Unlocking the next frontier of personalized marketing
https://www.mckinsey.com/capabilities/growth-marketing-and-sales/our-insights/unlocking-the-next-frontier-of-personalized-marketing
[8] Oracle: Contextual Intelligence in Retail
https://www.oracle.com/a/ocom/docs/industries/retail/contextual-intelligence-retail-guidebook.pdf
